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米国による秩序の終焉: Gゼロサミット2019におけるイアン・ブレマーのオープニングスピ―チ

EURASIA GROUP
18 November 2019
中国が大きな決断を下しました。中国政府は現在、欧米に対抗すべく、基準やルール、インフラからサプライチェーンに到まで、中国独自の技術システムの構築を積極的に進めています。

ここでしっかりご理解いただきたいのは、これはここ30年間でもっとも重大な地政学的決断である、ということです。そしてこの動きはまた、グローバリゼーションに対する最大の脅威でもあります。

しかし、世界はこうなるはずではなかったのです。

グローバリゼーションにより、世界で何億という人々が貧困から救い出されました。また私たちはより長く生きられるようになり、かつてないほど健康で生産的な人生を送っています。人々の教育・知識のレベルも現在、歴史上もっとも高い状況にあります。この地球に生きることがこれほどまでに素晴らしかった時代はいまだかつてなかったといえるでしょう。

では、何故これほど多くの人々が世界各地で怒りに駆られ、グローバリゼーションが空前の危機に見舞われているのでしょうか。

多くの国々で市民が既存政党を見限り、国の抜本改革を約束する反体制派を支持しているのは何故でしょうか。

歴史上のまさにいまこの時、なぜ人々の不安はこれほどまでに高まっているのでしょうか。

それは、まさにいま世界は大転換の時だからなのです。世界の多くの地域で、これまで多くの機会と繁栄を人々にもたらしてきた、まさにその現象、すなわちアイデア、情報、ヒト、モノ、カネ、サービスが瞬時に国境を越えていくという動きが、いまや人々に恐れをも抱かせているのです。

それはまた、この世界はリアルタイムでますます複雑かつ危険になっているという恐れ、私たちの慣れ親しんだ世界が完全に姿を消し、それに対してアクションを取ろうという意欲や能力を誰も有していないという恐れでもあります。

本日私は、世界でなぜこうしたことが起きているかについてお話するとともに、このような対話を、この日本という素晴らしい国の中心で、まさに今行うことがなぜ重要なのかについてもお話したいと思っています。

現在のGゼロの世界におけるそのユニークな立ち位置により、日本は恩恵を受けていると同時にまた大きな責任を負っているともいえます。日本は、現在の世界をより明るい未来へと導いていく上での力となる政治的安定、先見の明、技術的人材に恵まれています。そして、人類の高い創造性、道徳的な想像力や勇気を将来の国際的課題解決に役立てられる、そのような新たな世界秩序を形成していく過程で、日本の各界リーダーや企業、日本の政治的意思、さらには日本の国民がそのリーダーシップの一翼を担っていくことを、私たちは十分に期待できると思います。

地政学的後退

私が1998年にユーラシア・グループをスタートさせた時、クライアントの関心のほとんどは、大きな成長機会と何らかの政治的課題の両方を抱える新興市場国の情勢に関するものでした。

私はその頃、「市場活動の結果に対して、政治が少なくとも経済のファンダメンタルズと同程度に重要性を持つ国」が新興国であると定義していました。その点で日本や米国、カナダ、西欧先進国の政治環境はより安定的で予測可能性も高い一方、それらの市場での成長機会は限られたものでしかありませんでした。

しかし、そうした時代も今や昔です。2008年の国際金融危機とそれに続く混乱により、世界の最先進国においても、政治が経済や市場のパフォーマンスに対してより直接的な影響を及ぼすようになりました。

私たちは現在、国際的な脅威がますます増大している状況を目にしています。米国主導の世界秩序が終わりを告げ、現在のこの世界には、気候変動からサイバー紛争、テロ、さらには脱工業化革命に到るまで、あまりにも多くの暗雲が垂れ込めています。これらの暗雲は何のコントロールもないまま国を超えて漂流し、各国政府が自国民の欲求に応えるのをますます難しくしています。

今日、グローバル経済の不確実性を高めている要因は経済ではなく、地政学です。そして世界は「地政学的後退期」、すなわち国際的なシステムの機能や各国政府間の関係が悪化するサイクルに突入しました。この局面では、同盟関係や国際的機関、そしてそれらを結びつける共通の価値観がすべて分断されていきます。

歴史的観点から見ると、地政学的後退が起こる頻度は経済的な景気後退よりは稀ですが、それがひとたび起こると、より長く継続する傾向があります。従って私たちは現在の地政学的後退とはしばらく向き合わざるを得なくなるでしょう。

*****

では、何故このようなことになったのでしょうか。

エコノミストたちは、将来的な成長は「創造的破壊」のプロセスを通じて促進されると言いますし、それは歴史的にも事実です。しかしその過程では多くの人々の人生と生活が崩壊し、政府は自分たちを救済する能力を持っていない、あるいは自分たちに何があろうと関心がないと思う人々がますます増えることになります。また、エリートたちへの怒りも世界の各地域で高まっています。彼らは体制が自分たちに不利な方向に動かされていると信じていますが、そのような彼らに対してそれは思い違いであると反論するのが、ますます難しくなるのです。

こうした状況から、誰かをスケープゴートに仕立て上げつつ、自分は国民を守ると約束するような、新たな種類のポピュリストたちが台頭する機会が生まれています。しかし、現在の問題を創り出したのはこうした政治家たちではありません。彼らはそれを利用しているだけなのです。
そして最も心配すべきは次の点です。こうした人々の怒りが、世界経済が比較的好調な時に生まれているということです。もし今後、世界経済が減速を始めた時には、一体何が起こるのでしょうか。

自国民に不人気の政府が海外、特に隣国との間で問題を起こすことで国民の支持を集め、国内の問題から国民の注意を逸らそうとする傾向があることは、歴史が示しています。そこから生まれるのは各国政府間の相互不信であり、誤解が生じるリスクが高まります。そしてそれが偶発的な衝突に繋がり、さらにそれが紛争に繋がっていく可能性が高まるのです。

ここで、地政学的後退の持つ3つの意味合いについて考えてみてください。

最初の意味合いは「テールリスク」に関するものです。テールリスクとは、起きる蓋然性は低いものの、ひとたび起きればそのインパクトが甚大な出来事のことで、中国の台頭、中東における紛争、欧州のポピュリズム、失地回復を目指すロシア、分断された米国、7,100万人という記録的な数の難民、さらには技術革新や気候変動によってもたらされる不安定な状況等によって変貌を遂げたこの世界においては、テールリスクの発生を想定しておくことがごく当たり前になりました。

例えば、米中両国首脳が貿易およびテクノロジーに関わる問題で対決し、それぞれが国内向けに強硬姿勢を示し続ける中、南シナ海で突発的な軍事衝突が起こり、それが制御不能の状況に発展するようなケースを想像してみてください。

中東に目を向けると、米国はイランとも対立しています。トランプ大統領がイランとの核合意から離脱して制裁を再開して以来、イランはサウジの石油インフラ中枢への攻撃も含め、大胆な軍事行動をとっています。それに対してワシントンは、サウジへの部隊派遣という形で応酬したが、ご記憶にもあるように、一世代前の似たような動きが結果的に対米テロ攻撃のリスクを急激に高めたのでした。

もしトランプ大統領が来年再選されず、トランプの後任となる米国大統領が北朝鮮の金正恩からの電話を取ろうとしないとしたらどうなるでしょう。金氏はどのような挑発的措置を講じるでしょうか。彼はどのレベルまで衝突リスクを冒すでしょうか。

さらに、将来、イタリアの政権が欧州連合(EU)の財政ルールを無視した結果、債務危機を引き起こし、それに債権国側が対応しきれない場合、何が起きるでしょうか。あるいは、ウクライナ問題での計算違いがロシアを戦争に引き込むことになったとしたら。また、米ロのサイバー対立により重要インフラが攻撃されて米国の都市で人道的危機が起こるとしたらどうでしょうか。

今日のこのGゼロ世界においては協調に基づく国際的リーダーシップが欠如しているため、こうした危機が起きる可能性は以前より高くなり、また起きた時の対応はますます難しくなります。これらのリスクは個々に見ればなかなか起こりにくいとしても、もしまとめて起きることがあれば、甚大な危機をもたらすものとなります。

地政学的後退からの示唆の二つ目は、国際機関の機能低下です。

例えば、何千万人という今日の世界の難民の状況は、国連にとってもっとも緊急性があり、かつ莫大な資金も必要とする問題を作り出していますが、各国の政府において大量の難民の受け入れに積極的なところは少なく、国連の難民機関支援のために資金援助をしようという動きはさらに僅かです。

また欧州でも、有権者がこれまで以上に反EUの顔ぶれを欧州議会に送るなど、私たちは欧州の諸機関が分断される様子を目にしています。もはや欧州の市民の間では、EU市民の移動の自由について、またEU圏外からの移民にどう対処すべきかについて、さらにはロシアとの関係を如何にマネージすべきかといった重要な問題についても、十分なコンセンサスがない状況です。

トランプ政権も、少しだけ例を挙げるなら、歴史上最も成功した軍事同盟であるNATO(北大西洋条約機構)の加盟国間の団結を脅かし(フランスのマクロン大統領ならきっと同意してくれるでしょう)、TPP協定(環太平洋経済連携協定)、ロシアとの中距離核戦力全廃条約(INF)、国連人権理事会及び気候変動に関するパリ協定から米国を離脱させてきました。

これら一連の動きの必然的な結果として、世界はより予測不能かつより危険になりました。

こうした環境にあっては、明日の世界に降りかかる危機に対応するための新たな合意や機関が設立される見込みはほとんどありません。

むしろ各国政府は、自国の国境を超えて訪れようとしている難局を、独自のルールで食い止めようと努力するでしょう。国際的に広く受け入れられているルールや慣行を着実に執行できる国際機関が少なくなっている世界においては、各国が経済制裁や軍事的報復をちらつかせるようになって行くのです。

地政学的後退の3つ目の意味合い。それは、今日の国際的システムの弱体化は将来の危機に対する世界の抵抗力を弱めるだけでなく、危機が起きた際の回復力も弱めてしまう、という点です。近年において、私たちは大きな国際的危機を回避してきました。たしかにブレグジット、トランプ大統領の誕生、欧州におけるポピュリズムの拡大、ウクライナの独立を脅かそうとするロシアの動き、習近平による権力の掌握、ベネズエラの崩壊、中東や世界各地の民主主義国家内部における危機等々の出来事を、私たちは目にしてきました。しかし同じ時期に、私たちは世界のシステム全体に試練を与えるような脅威は経験していませんし、グローバル経済もこの間は比較的堅調だったのです。

しかし、こうした幸運が続くことはありません。

今日の世界で、その政治的、経済的、軍事的なパワーを世界各地に向けられる力を有する超大国はひとつしかありません。その唯一の超大国は依然として米国です。

だからこそ、自国が世界の中でどのような役割を果たすべきかについて米国民の考えがもはや一致しなくなっている状況は、由々しきことなのです。日本を含め訪れる先々で、私はトランプ大統領に対する疑問や懸念を耳にしますが、それはあたかも彼が現在の混迷のすべての原因で、彼が来年、あるいは5年後に政治の舞台から姿を消せば、米国、そしてこの世界はノーマルと言えるような方向に戻ると考えているかのようです。

しかしそうはならないのです。というのも、ドナルド・トランプは現在の世界が抱える不安と混乱を示す症状に過ぎず、原因そのものではないからです。確かにNATOの価値や米軍の海外駐留を疑問視したのはトランプです。米国の負担を減らすためにも日本や韓国は自前の核兵器を開発すべきだと言ったのもトランプです。また、貿易面でも欧州、日本、メキシコやカナダまでに脅しをかける一方で、中国との貿易戦争を宣言したのも彼です。

正直申し上げて、誰がカナダを脅そうなどと考えるでしょうか。

さてここで十数年ほど時を遡って、何故バラク・オバマが大統領に選ばれたのかを考えてみましょう。ジョージ・W・ブッシュによる8年に渡るテロとの戦いの後、イラクとアフガニスタンでの戦闘を中止し、新たな戦争は一切始めないことを約束したのはオバマでした。一方、ヒラリー・クリントンを含む他の民主党の重鎮は、サダム・フセインとの戦いを支持した人物として多くの米国人には顰蹙を買った。

さらに時を遡ってみましょう。1992年、ビル・クリントンは、冷戦が終結したのだから冷戦時代の負担も終了させる、と約束しました。ソビエトを打ち負かすために必要だった資金を、米国自身をより強い国にするための国内投資に振り向けるという、「平和の配当」を約束したのです。

米国人は世界を動かしたいとは思っていません。実は長いことそう思っていなかったのです。

また、年を追うごとに、第2次世界大戦は言うに及ばず、冷戦の記憶でさえ有している米国人が減っています。実際、今アフガニスタンの戦場では、2001年9月11日にはまだ生まれていなかった米国人兵士も戦っているのです。

超大国であることに米国が消極的になれば、そこにはグローバルリーダーシップの真空地帯が生まれます。しかし今から100年以上前、ちょうど大英帝国の上に陽が沈もうとしている時に米国が登場してきたような形で、その真空を埋めようと立ち上がる国は、今いないのです。

欧州はといえば、特に南北間の分断の原因である経済問題や、東西間の分断の元となっている政治的な問題等、目先の案件への対応に手一杯です。そして、習近平国家主席は世界の中の中国にとって新たな時代が始まったことを高らかに宣言しましたが、高くつく国際的責務を担うことに関しては、中国の指導層は基本的には依然として慎重です。

国際的なリーダーシップという点に関して、中国が近い将来に米国以上に信頼に足る公共財の提供者になることはないだろうと思われるのは、まさにこのような理由からです。

そしてまた、将来的な危機に世界が対応することが難しいと思われるのも、このような理由によるのです。

グローバリゼーションへのインパクト

地政学的後退はグローバリゼーションそのものにもインパクトを及ぼします。

グローバリゼーションにより、モノがどのように作られ、私たちがどのように生活していくかについての認識が変わりました。世界各国で人々は中国製の花火で祝日を祝います。PCを修理するために掛けるカスタマーサービスへの電話にはインドから応答があります。自動車も多国籍の部品の集まりです。私たちはグローバルに結びついており、身の回りの製品が何処で製造されたかは、もはやあまり意味を持ちません。

そして、つい最近まで、政治はこうしたプロセスではあまり大きな役割を果たしていませんでしたが、いまやそうとは言えません。

グローバル規模の自由市場も、もはや存在しません。間もなく世界一の経済大国となる中国は、経済成長が究極的に国の政治的目標や国益に適うようコントロールする権限を官僚たちに与える、国家資本主義を実践しています。

国家資本主義では、経済的すなわち政治的な安定の確保を目的として、国営企業および国が支援する民間のチャンピオン企業の活動に著しく依存するため、伝統的な市場経済のメカニズムが歪められています。また、国家資本主義は国の補助金政策に立脚した体制で、政治家は莫大な資本その他のリソースを自分たちが選んだ相手先に振り向けることができるため、結果として国が経済活動における勝者と敗者を決めることになります。

このシステムが中国および中国共産党に成功をもたらしていることは否定できません。ただ、世界の他の国々にとってのグッドニュースは、中国の成長が世界の成長を支えてきたということ、そして特に重要なのは、国家資本主義の出現で生まれたハイブリッドのグローバルエコノミーは、グローバリゼーションを終わらせるものではない、ということです。自由市場システムと国家資本主義システムはともに、モノと資本が世界を移動することを依然として可能にしています。

しかし、グローバリゼーションの将来はそれほど単純なものではありません。実際のところ、グローバルエコノミーは領域に分かれて、米国主導の世界秩序の終焉という状況に個別に適合しようとしています。

例えば、商品市場、特に食糧、金属、エネルギーの市場はこれからますますグローバル化していきます。米中の関税合戦は、それが続く限りニュースの見出しを占めますが、より注目すべきはグローバルな商品市場の拡大です。

新しい技術によりエネルギー生産はより効率化され、政治的要因による市場価格の上昇を上回るペースで生産コストが低減しています。サウジの石油インフラの中枢に対して行われた先日の劇的なミサイル攻撃で同国の石油生産量が半減するという直後、原油価格は上昇しましたが、それでも価格が2008年のレベルの半分程度で留まった理由は、まさにここにあります。

そして過去2世代ほどの期間に、10億人以上の人々が世界的に中流と呼べる階級に入り、そのペースはますます加速していますので、商品市場のグローバリゼーションは継続するでしょう。

一方で、モノやサービスの市場のグローバリゼーションは鈍化するでしょう。その理由の一つは、ニューテクノロジーによりオートメーションと機械学習が現場にもたらされる結果、生産活動における労働の役割が劇的に縮小しているという点にあります。生産コストが最も安いところで生産したいというメーカーの要望はこれからも変わらないでしょうが、安い労働力の求め方は変化しました。というのも、中国、インド、東南アジア、ラテンアメリカやサハラ以南のアフリカといった地域で中流階級が拡大したことにより、それらの地域での賃金が軒並み上昇したため、生産者の側には生産工程を自動化するための、十分な理由が生まれたのです。

さらに、私たちが多くの国々で目にしてきたポピュリズムの伸長は、部分的には雇用の喪失に対する怒りに起因するものです。ということは、政治家は、貿易を制限するより、国内の雇用を守るために障壁を立ち上げようとする可能性のほうが高いと考えられます。

これらのトレンドにより、モノやサービスのサプライチェーンは短くなっていくでしょう。というのも、各国あるいは各企業は、貿易紛争の当事国におけるオペレーションの混乱に対する自らの脆弱性を減らすように努めるからです。CEO(最高経営責任者)たちは、やむを得ない状況にならなければ難しい決定は下さないものですので、それはすぐには起こらないでしょうが、世界経済が厳しくなってくれば、彼らはますます消費者に近いところでモノやサービスを作り出そうとするでしょう。

最後に、データ及び情報のグローバル市場がありますが、これは二つに分かれており、もはやグローバルにひとつではありません。当初、インターネットはワールドワイドウェブとして、ひとつのスタンダードとルールのもとで動いていました。極めて稀な例外はありましたが、どのユーザーも他のユーザーとほぼ同じレベルのアクセスを有していたのです。しかし、もはやそうではありません。

今日、中国と米国はそれぞれ二つの異なるネット上の生態系を作り上げています。それはインターネットの変革についてもいえることですし、また(モノやサービスをインターネットにつなぐ)IoTという新たな領域の立ち上げに関してもいえることです。米国のテクノロジー生態系は、その長所・短所はともかく民間企業が立ち上げ、それを政府が緩やかに規制しています。一方、中国の体制は政府が完全に統制しています。こうした違いは、ビッグデータの収集、AI(人工知能)開発、5G携帯ネットワーク技術の展開や、国防、さらにはサイバー攻撃に対する報復といった側面においても同様にいえることです。

ここで大きな疑問が残ります。新たなベルリンの壁、すなわち、互いに異なる技術体制の間の境界線はどこにできるのか、ということです。欧州は米国側につくのでしょうか。それともEUは分裂して、各国がそれぞれに独自の決定を行うことになるのでしょうか。またインドはどのようなポジションを取るのでしょうか。そして韓国は。ブラジルは。日本はどのようなプレッシャーを受けることになるのでしょうか。

さらに、もうひとつ、基本的な疑問があります。米国が主導するデータ及び情報に関するモデルは、今後も民間企業がリードする形になるのでしょうか。あるいは、将来の国家安全保障に関する懸念から、「テクノロジーをベースとした軍産複合体」が米国で形成されるようになるのでしょうか。

これらの疑問に対する回答は、非常に深い意味を持ちます。商品、モノそしてサービスの市場における世界的なリーダー企業はお互い競合であると同時に(潜在的な)パートナーでもあります。各社はより大きなマーケットシェアを目指しますが、全社に機会を提供してくれるような開かれた貿易体制から各社とも恩恵を受けています。特定の目的を達成するために貿易戦争は起こるかもしれませんが、だからといってゼロサムの競争にはなりません。ビジネスを平常通りに続ける限りは、誰もが恩恵を得られるからです。そしてそれが世界の平和と繁栄にとって極めて重要なサポートになります。

しかしデータ及び情報の経済において、それはもはや真実ではありません。米ソ冷戦時代のように、ここでは二つの相容れないシステムが併存することによりビジネス機会が限定され、国家安全保障が脅かされることになります。各陣営は、相手陣営のシステムの排除を望みます。

米国と中国

ということで、米国と中国についてお話をする必要が出てきました。

世界は中国に何を期待すべきでしょうか。私たちは中国の成功を望むべきでしょう。世界は中国には引き続き安定した生産力の高い国、そしてまた世界の成長を支えるべくさらに繁栄を続ける国であってほしいはずです。また、たとえ限定的であれ、中国には建設的かつ国際的な役割を果たしてもらうことも必要です。各国政府と協力して、貧困、紛争、公衆衛生リスク、教育や社会インフラの欠如、気候変動や創造的破壊をもたらすニューテクノロジーの台頭といった課題に一緒に取り組んでほしいのです。もちろん、米国からも同様の協力が必要なことは言うまでもありません。

中国が米国に与えている脅威は、ワシントンの多くの人々が考えるより小さなものです。また米国が中国との紛争を避けたい以上に、中国はアメリカとやり合うことには興味薄です。さらに、中国は地域的な軍事大国ではあれ、グローバルな軍事大国ではありません。そして、米中はそれぞれ相手国に対する経済的な弱みを減らすべく奮闘してはいますが、両国の経済的相互依存はこれからも継続するでしょう。

米中対立の最大の原因はテクノロジー分野にあります。ここでは中国は今日、真の大国となっています。そして、ここでの米中関係は冷戦構造にあり、それが世界の全地域に影響を及ぼしていきます。そしてまた米国は、中国の技術的発展は世界の平和と繁栄の礎となっている価値観に対する根源的な脅威になるとして、この領域における中国の失敗に関心を寄せているのです。

さらに、米国の民主、共和両党はこの問題では意見が一致しているという点も考えてみてください。

この対立からは現実的な危機がもたらされます。複数の異なるテクノロジー生態系を並立させようというスプリンターネット(訳注:分裂した状態を意味するsplinterとインターネットを掛け合わせた造語)の動きは、グローバリゼーションにとって脅威であるだけではありません。自由主義諸国がそこでの競争に敗れるかもしれないのです。

では、私たちはどうすればいいのでしょうか。

ここで私に2つの提案をさせてください。ひとつは、気候変動に対する世界の脆弱性や対応策について客観的に評価する責任を負う国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」に類する組織の設立です。今日のデジタルの世界、その世界を動かすデータやAI、さらにはその世界の今後の方向性についての基本原理を各国が共有するためには、IPCCに似た国際的なグループの立ち上げが必要です。

私の提案の二つ目は、世界にはデジタル版WTO(世界貿易機関)が必要だ、ということです。現行のWTOのように、インターネットの開放性ならびに透明性を信奉する各国政府を結びつけ、経済そして国家安全保障の観点からそこに参加するインセンティブを中国も感じるような組織を作るのです。特に、そこへの参加が先進国市場へのアクセスを確保する唯一の手段ということになれば、中国政府も参加を望むはずです。飴は鞭に勝るでしょう。

米国、欧州、日本をはじめとする意欲と実力を備えた同志諸国によって、AI、データ、プライバシー、人権そして知的財産権について将来のスタンダードを決めるべきです。そしてこれらデジタル分野における共通基準を設定するための恒常的な事務局と、それら基準を着実に執行するための司法機能を併せて作り上げるのです。米国には革新力とスタートアップの精神がありますし、欧州には規制をまとめ上げる強大な力があります。そして日本は、AIで人々の生活がいかに向上するかを世界に示す主要な実験場になれます。

これこそまさに米中のテクノロジー冷戦に対する回答となるものです。

しかし、中国が欧米と協力することが不可欠であるだけでなく、それが極めて実現可能でもある領域が今まさに存在します。気候変動の進展とそれがもたらす最悪の結末に対する戦いに向け、世界は「グリーン・マーシャル・プラン」のようなものを立ち上げることが必要です。これは欧米各国からの資金提供を中心とするプロジェクトで、そこでは世界の空気や水を浄化するために最適な政策変更やテクノロジーの開発に関して、欧米および中国の民間の頭脳と国家機関の科学者による最良なアイデアを集め、気候変動のダメージを限定的なものにするのです。

米国で現在精査されている、いわゆる「グリーン・ニューディール」と呼ばれるものは、米国人が自らの手で自国の気候変動問題を解決することが可能だ、という前提に立っていますが、それは不可能です。いまや圧倒的に世界最大の二酸化炭素排出国となった中国は、他の世界各国同様、気候変動と戦うことに関心を持っています。ニューヨークや東京だけでなく、上海もまた台風や潮位の上昇に直面していくのです。

日本の世界的役割

ということで、ここからは日本についてお話します。

私は長年、このGゼロサミットはこの東京という素晴らしい都市で開催すべきだと考えて来ました。ここまで私がお話してきた国際的なドラマにおいては、日本にユニークな、そしてまた世界をリードするような役割を果たしてもらうことが必要だ。

党派的な怒りをベースに政治が動かされるこの世界にあって、日本は最も健全な先進民主主義国家です。政治的なリーダーシップが強力で、国内問題で色々と論争はあるものの、日本は、分裂に向かう世界的な潮流に対して毅然と対峙して来ました。

また日本の社会は主要工業国の中でも最も公正かつ平等です。その政府諸機関は他のいかなる国と比較しても、国民に対する正当性をより高いレベルで維持しています。また私自身の長年の経験から、日本の民間部門は革新性に富み、ダイナミックだといえます。各国の政府が自国民の長期的な安全と繁栄を守ることに次々と失敗している状況で、日本では社会保障制度が機能しています。これはかつてないほど重要な問題になっている領域です。

一方で、日本には優秀な人材や創造性がもっと必要ですし、そして幹部ポジションを含めた女性人材の登用において、さらなる努力が必要なことも確かです。そして財政赤字削減の課題ももちろん継続しています。

しかし、日本には紛れもない長所があり、世界が強く求めるリーダーシップを提供することが可能です。安倍首相のインド、ドイツ、イランの政界およびビジネス界のリーダーやアフリカの多くの国々の首脳との近年の交流からは、私がここまで述べてきたような数々のチャレンジに世界が向き合う手助けをする機会を日本がつかんだ場合、一体何が期待できるのかが見え始めています。そして日本には機会があるわけですから、同時にまた責務も果たすべきであると考えます。

日本の国際的なリーダーシップが強く求められる領域は次の5つです。
  1. 1. 日本は、世界経済の持続的成長に貢献することが可能です。成長をひたすら追い求めた場合にはどのようなコストを負担しなくてはならないのか、それがいまやはっきりと見えています。地球規模で大気、水、土壌が汚染され、気候変動も進行しており、各国政府は国民と交わした社会契約を履行できていません。世界に「持続可能な資本主義」のモデルが必要であることに疑いの余地はありません。機械学習やロボティクスなど人々の生活を豊かにするイノベーションによりソサエティ5.0を実現する努力を通じて、持続的発展の方向性を日本の政府・産業界が世界に対して示すチャンスです。
  1. 2. 日本は米中間の協力関係を促し、対立を抑える役割を果たすこともできます。将来の国際体制の中心はやはり米中両国になるでしょうが、日本はこの両国に対して、互いの国益が一致する領域においては協調を、互いに競争する領域においては最悪の衝突を避ける行動を働きかけることのできる稀有な立ち位置にいます。
  1. 3. 日本は多国間機関の機能を高めることも可能です。私は日本がアジアインフラ投資銀行(AIIB)に参加し、この機関が中国の一帯一路構想におけるより中核的な組織となり、結果として、一帯一路構想の財務状況の透明性が向上する方向に進むよう、働きかけていくべきだと考えています。そうすることが日本そして日本企業、ひいては世界にとって良いことだと考えます。日本はまたアメリカにもそうするように働きかけるべきだと思います。さらに広い観点から見ると、日本はドイツ、カナダおよびその他の志を同じくする国々の政府とともに、既存の国際機関の存続のために協力し、貿易、データ移転やイノベーションに関する国際ルール作りにしっかりと参画するべきだと思います。TPP実現に向けて日本が既に示したリーダーシップは、そうしたことが可能であることを示しています。
  1. 4. 日本はサイバー領域における国際連携とその領域のモニタリング活動に関する努力を継続し、R&D分野への投資を改めて活発化させる方向で努力することも可能です。米英その他「ファイブアイズ」構成メンバー5ヵ国およびドイツと協力することで、この目的は達成できるはずです。
  1. 5. 日本はもっとも必要とされる地域に人道的支援物資を提供し、またその適正な配分に向けた調整役を果たすことも可能です。世界で最も豊かな国の一つとして、日本には、支援を必要とする人々や政府に向けた国際的な取り組みの調整役に必要な影響力と信頼が備わっています。また、国際社会の持続的発展、特にヘルスケアの提供、スマートシティーの建設や21世紀に向けた職場の創造等の領域で、日本の産業界はリーダーシップと先端的な技術ソリューションを提供することが可能です。
 
米国による秩序の終焉

私たちが将来の国際関係を展望するとき、ある確実性を持って想定できることが一つあります。来年の米国大統領選挙の結果、誰が大統領になり、どちらの党が政権を担うことになるかにかかわらず、米国主導の国際秩序は既に終わっているということです。それが戻ってくることはありません。

しかし同時に、米国主導の国際秩序のもとで多くの人々に提示されてきた理念はいまだに生きているということを認識しておくこともまた重要です。

そうした理想、価値観はそもそも米国で生まれたものではなく、「西欧的」なものでもありません。それらは単に欧州における啓蒙主義の産物ではないのです。自由、公平、法の支配、表現の自由、そして異文化に対する寛容さや冒険を求める人類の疑いようもない意欲は普遍的なものであり、全人類共通のものです。

米国民はもはやこうした価値を守っていく主役は自分たちである、と主張することはできません。いまや米国、欧州、日本にはそれぞれ独自の役割があります。そして中国、ロシア、エジプト、サウジアラビアをはじめ、国の大小にかかわらず色々な国々の内部には、自らの運命は自分たちの手で決めたいという強い欲求を持つ人々がいます。

一方、国家間の競争と対立は避けられませんし、地球の温暖化やAIの台頭は、全人類の存在そのものに対する試練となるでしょう。

そしていま私たちはGゼロの世界、すなわち人々が信頼し頼りにできるリーダーシップが不在の世界に生きていますが、この真空が埋められるかどうかは、私たち皆の力にかかっています。パワーを持つ人々。影響力のある人々。そして、いまこの部屋におられる皆様の力にかかっているのです。

今回また日本を訪問することができて光栄です。本日はご清聴ありがとうございました。
 
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Ian Bremmer is the president and founder of Eurasia Group, the leading global political risk research and consulting firm. He is also the president and founder of GZERO Media, a Eurasia Group company dedicated to helping a broad, global audience make sense of today's leaderless world.
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